大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長崎家庭裁判所 昭和49年(家)680号 審判

申立人 武田史男(仮名)

事件本人 武田克典(仮名)

主文

保護義務を行うべき者の順位変更の審判の申立を却下する。

申立人を事件本人武田克典の保護義務者に選任する。

理由

申立人は、事件本人の保護義務者をその配偶者武田京子より直系尊属および兄弟姉妹を先順位に変更する旨ならびに主文第二項同旨の審判を求め、その理由の要旨は(一)事件本人武田克典(昭和六年九月一日生)は申立人の二男であるところ、高度のアルコール中毒患者であつて、粗暴な行動に出て他人に害を加えるおそれがあるとの理由で、昭和四九年九月六日長崎○○○精神病院に収容保護された。(二)右事件本人についての第一順位の保護義務者たる妻京子は夫や子供を見捨てて家出し、長崎市内のパチンコ店に住込みで働いており、事件本人の介抱は全くしない実情にあるので、保護義務者としては不適任である。(三)申立人は事件本人の実父であるので保護義務者としてその世話をする立場にある。よつて保護義務者の順位を変更し、申立人を保護義務者として選任を求める。なお、事件本人には後見人の選任は行われていない。というのである。

よつて調査するに、記録中の戸籍謄本(二通)住民票謄本、医師賀来宗光作成の事件本人に対する診断書、家庭裁判所調査官松下昭一作成の申立人および参考人武田京子についての調査結果報告書、当裁判所昭和四八年家(イ)第三〇一号夫婦関係調整調停事件記録(申立人、武田京子、相手方(本件事件本人)武田克典)を総合すれば、申立人の前記申立理由として主張する各事実、および武田京子は夫である事件本人が競艇に熱中して財産を浪費し、また飲酒酔狂して暴力を振うので夫婦として生活することができないとの理由で、当裁判所に夫婦関係調整(離婚)の調停を申立て(当裁判所昭和四八年家(イ)第三〇一号事件)、現在事件係属中であること等が認められる。

ところで、精神衛生法二〇条一項二号は、当該精神障害者に対して訴訟をしているものは保護義務者とならない旨規定しているのであつて、その理由は、当該精神障害者と訴訟をしているような利害関係の対立しているものに対しては、精神障害者の治療面、その財産上の利益の保護等を期待することは、通常至難であることであるから、精神障害者を保護するため、かかる立場にあるものを欠格者としたものと思料される。精神障害者を相手方とした調停事件係属中のものを欠格者と定めた明文の規定は存しないが、調停事件(民事、家事いずれを問わず)は一般的に利害が対立する関係にあるので、調停事件係属中のものは、訴訟に準じ保護義務者となる資格を有しないものと解するのが相当である。離婚訴訟につき調停前置主義を採用されている法制のもとに申立てられた夫婦関係調整(離婚)調停事件の当事者の如きは、利害関係の対立しているものであることは明らかといわねばならない。そうすると事件本人に対し前記認定の如く離婚の調停を申立て、事件係属中の武田京子は、前記法条に基き当然保護義務者たる適格を有しないものといわねばならない。

前叙説明したとおり武田京子が欠格者である以上、順位変更の問題の生ずるいわれはなく、その次順位の有資格者中から適当な保護義務者を選任すべきところ、前記のとおり事件本人の実父にして保護義務者となつてその任務をつくすべく望んでいる申立人を保護義務者に選任するのが相当である。

よつて本件申立のうち、保護義務者の順位変更を求める点は、変更の対象者がその資格を有しないものであるので、申立を失当として却下すべきものとし、保護義務者の選任につき精神衛生法二〇条二項に則り主文のとおり審判する。

(家事審判官 藤田哲夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例